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パン

ちょっと小ネタ

最近トンフルエンザでパンデミックということばをよくきいた

それで私はパンドラの箱のパンドラと何か関係があるのか調べてみました。

で、調べてみると関係はないそうです。

ですが収穫はありました。

パンデミックというのはギリシャ語でパンが「すべての」デミックが「人々」をあらわすらしく

またパンドラはパンは同じく「すべての」ドラが「おくりもの」をあらわすらしいです。

今回はこれでは終わりません。

今日は前の記事で書いた勉強サイトの理科2の問題を作っていたのですが
http://d.hatena.ne.jp/tanusama/
そこで超大陸パンゲアというのが出てきました。

もうお分かりでしょう。これも同じです。

パンが「すべての」ゲアが「陸地」をあらわすらしいです。

久しぶりにこういう発見ができた気がします。
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シンクロニティ

今日は、ゲシュタルト崩壊、シンクロニティーについて調べたまとめ。

シンクロニティーを中心に調らべた。

この二つについては昔一度調べたことがある。

しかし、深い理解にはいたらなかった。

今回もそこまで深い理解は期待できないが、少しでも理解を深めようと思う。

まず、なぜ今回シンクロニティーを調べることになったか。

それは、シンクロニティーを日本語に訳すと共時性と言う

理科1分野のテストで強磁性と言う言葉が出てきて、たまたま思い出したのだ。

では、最初に調べたきっかけはなんだったか。

それは、とある番組の漢字の特集で漢字のゲシュタルト崩壊と言うのを見たのがさいしょだった。

(トリビアの泉でもやってたらしい。)

漢字のゲシュタルト崩壊と聞くと私のような人間は漢字じゃない普通のゲシュタルト崩壊ってあるの?

と思ってしまうわけです。

そうして、ゲシュタルト崩壊を調べていくとその反対語はシンクロニティーだと言うことを知り

今度はシンクロニティーを調べたと言うところです。

では、漢字のゲシュタルト崩壊から調べなおしていきます

その漢字のゲシュタルト崩壊はどのようなものかといいますと、

たとえば、この漢字をじーっとみててください。



だんだん何の漢字か分からなくなってきませんか?

部品部品が分かれていくようにも見えます。

他にも「あ」を連続して書いていくと「あ」という文字はこんな字だったか?と思うとかもあるのですが

今回は分解のほうで行きましょう。

wikiによるとゲシュタルト崩壊とは全体性が失われ、個々の構成部分にバラバラに切り離して認識し

直されてしまう現象をいうらしいです。

現にさっきの花という漢字がバラバラに見えたり何の漢字か分からなくなった方も多いでしょう。

ではなぜバラバラに見えるのでしょう。

先ほどの、なぜバラバラに見えるのでしょうという問いは言い換えると

なぜ、全体性が失われ、個々の構成がバラバラに見えるのでしょうということです。

これは、考え方が逆なのかもしれません。

つまりなぜ個々の構成から全体性が生まれるのかと言うことです。

花に戻します。

花という漢字は、草冠とカタカナのイみたいなやつとヒみたいなやつの集まりです。

その部品が集まるとなぜ一つの漢字になるのかということです。

これがゲシュタルト崩壊とシンクロニティの本質なのかなと言うのが今回調べた結論です。

(最初はシンクロニティと別々に書こうと思っていたのですが…)

ややこしい世界に入るとこういうのを志向的クオリアってい言うらしいです。(茂木先生の言葉かな)

詳しいことは分かりませんが

星座を例に説明すると人間はただの一つ一つの星の光の集まりを星座として物語を作りました。

これは星を一つ一つバラバラの一点とするより分かりやすく伝えやすいからと考えられているらしいです。

こういう脳の働きを志向的クオリアというらしいです。

五感をいろいろ使って覚えると覚えやすいというのはその類ですかね。

知恵袋の説明をぱくるとhttp://www.icoffice.co.jp/zukan/sh_design.htm

にあるような騙し絵で2パターンのどちらに見えるかはどちらに志向的クオリアが働くかによるらしいです。

あと、シンクロニティの別の例はあの人に用があるなと思いつつ歩いてたらたまたまその人が現れたとかその類のことらしいです。

そのあたりのこともまた調べてみますか。

最後に他のゲシュタルト崩壊を起こしやすい漢字何個か並べときます。






モノの始まり

前回十二支の順番の由来の昔話をしたので今回は物の始まりの昔話を特集します。

コピペ増えます。

では、前回の十二支の話についてもう少し

前回の話は十二支の始まりの話でもあり猫がネズミを追いかけるようになった由来と猫が顔を洗うようになった由来の話でもありました。

前回の十二支の話簡潔にまとめると神様がある指定した日朝早くに来た順にその動物を十二支に入

れてやるといって、猫がその日を忘れてしまったので、何日だったかネズミに聞いたところ、ネズミが

違う日程を教えたせいで猫が十二支に入れなかっただから、猫はネズミを追い掛け回すようになった。

また、一部始終を神様に話したところ「顔を洗って出直して来い」と神様に言われたので、猫は顔を洗うようになった。というはなし

では今回はこの十二支関連でまた別の話。ちょっと前の話とは違うところもありますが、

それはその話が伝えられている地方によって違うので勘弁してください。今後の話も同じです

今回は鶏が毎朝鳴く理由です




この世の初まりに、天帝(玉皇大帝)は動物たちに早く宮殿へ拝礼に来た者を十二支の位につける、遅れた者は十二支の位に列しないと、お布れをだしました。
各動物はなるべく上の位を取ろうと宮殿へ急ぎました。
東の海の龍も十二支の上の位につきたいと思いました。けれども龍は細長い体につるつるの頭、大きな鈴のような目玉に牙が外にでて見た目が悪いので天帝が気にいってくれないのを恐れましたがあきらめきれません。
さて、鶏も宮殿へ向かっていました。しかし、角が重くてうまく走れません。そこへ龍が追いついてきていいました。
「あんたは角がなくても綺麗だ、わしが角を持ってやろう、そうすれば早く走れるだろう、天帝に拝礼したら返して上げる」
そして龍は二つの角をつけて十二支の第五位に、鶏も角がなくなり早く走れ第十位を手に入れました
十二支の順位が決まると、龍は雄鶏が角を返せと言うのを恐れ、そのまま東の海に行ってしまいました。鶏は龍が見つからず家に帰っても家に帰っても毎朝、目をさますと顔を赤くして怒り、喉をふくらませ、首を伸ばして「早く俺の角を返せ」と大声で啼くようになりました。
こういうわけで龍には角があり、鶏には角がないのです。




というわけでこの話は鶏が毎朝なく理由の由来の話でした。


では次は亀の甲羅なぜヒビの模様が入ったかという話です。






今昔物語05.24『亀、鶴の教えを信ぜずして地に落ち甲を破る語』

 今は昔、天竺でひでりとなり、水が枯れて、草一本なくなった時があった。その折、一つの池があって、
そこに一匹の亀が住んでいたが、池の水が干上がって、亀は死にそうになった。

 このとき、一羽の鶴がこの池に来て餌をあさっていた。亀は鶴のそばに行きこう言った。「そなたとわたしとは前世の縁があり、鶴と亀は一対のものであると仏は説いておられる。ところでこの池の水も涸れて、私の命も絶えてしまいそうです。どうか私を助けてください」。
 すると鶴が、「まさにそなたの言うとおりです。そなたが言い出さぬ前に、どこかの水のある辺りに連れて行こうと思っていました。とは言っても、私はそなたを背負うことはできず、抱こうにもちからがなく、口にくわえようとしてもうまくゆきません。できそうなことといえば、一本の木をそなたにくわえさせ、われわれ二羽がその木の両端をくわえて連れて行くことです。しかし、そなたは元来おしゃべりです。もしそなたがものを尋ね、
私も過ってものを言ったりして、互いに口を開けたなら、そなたは墜落して死んでしまいます」という。亀は、「連れて行ってくださるならば、私は口を縫いつけて、けっしてものを言いません」と答えた。
 鶴は二羽で木の両端をくわえ、亀にもそれをくわえさせて空高く飛んで行った。こうして飛んで行きながら、
山・川・谷・峰の色とりどりに美しい風景をはじめてみたものだから、なんとも感に堪えず、「ここはどこですか」
と聞いた。鶴もまた我を忘れて、「ここですか」といった。とたんに口が開いたので、亀は空から落ちて命を失っ
てしまった。
 このようなわけで、おしゃべりの習性のある者はわが身わわが命のことさえ顧みようとしないのである。仏が経
文で、「口を守り意を摂(おさ)め、身に犯すことなかれ」などといっておられるのは、これを説かれたものであろう。
また世間で、「不信の亀は甲を破る」といっているのはこのことをいうのである、とこう語り伝えているということだ。


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今昔物語の教訓つきです。昔話はたいていこういう教訓がありますんでね

では次は、犬が片足を上げて小便をするようになった理由です。





昔、犬は3本足で生まれてきました。歩く事が不自由で食物をさがし回るのに大変困難でした。
 ある日、神様がお通りになりましたので、犬は大変喜んで、3本足がいかに不自由かを申し上げました。
「できますれば、もう1本足を下されば自由に歩いて食を求める事ができます。どうぞあと1本の足を神様の力でお恵み下さい」と、申し上げました。
 神様は早速、足が4本ある香炉をお呼びになり、「おまえは足3本でも不自由はない。充分におまえの役目を果たせるから、1本の足は犬さんにやった方が良いと思う」と言いました。
 香炉は神様の言う事を聞き入れ、早速1本の足を神様にさし上げました。神様はこの足を犬にやりました。
 犬はそれから自由に歩くことができるようになりました。犬は神様からいただいた足を大事にし、小便をする時には神の下さった足をぬらしては神に村して失礼と思い、片足を高く上げて小便をするようになったそうです。





どんどん行きます。次はなぜ蛙が雨の日になくようになったかです。



昔、おや蛙と子蛙が一緒に住んでいました。
子蛙は親蛙の言うことを聞かず何を言いつけてもそれと反対のことをしました。
そこで親蛙は死ぬ前に死んでから悪いところに埋められては困ると思い
「お前、わたしが死んだら、河辺の砂地に埋めておくれ」
と言った。死んだら反対のいい場所に埋めてほしかったからである。
しかし子蛙は母が死んでから今まで言うことを聞かなかったことを後悔し、母親の最後の願いぐらいは聞こうと親蛙を川辺の砂地に埋めました。
それから、雨が降ると青蛙は河に水が増えて、埋めた母蛙が水に流されるのを心配していつまでも
なくのです。



こういう悲劇もあり。そろそろ最後で、鷹がなぜウサギを襲うかです。

昔、森の鷹はお腹が空くと小鳥を捕まえて食べました。そしてお腹が一杯になると目を細めて眠るのでした。

 ある日、鳩とカササギは「鷹は私たち小さな鳥ばかり食べる、それで私たちの家族も随分食べられた、ひとつ私たちを食べないように頼み行こう」と相談して鳩とカササギは鷹の所へ出かけました。
 鷹はちょうどお腹が一杯になり眠ろうとしていましたが、鳩とカササギが来ると「お前たち何しに来たんだ、わしはお腹が一杯なんだ」と言いました、鳩とカササギは「ちょっとお願いがあるんですが」と言いました、「何だ、早く言え」 「私たちは鷹さんに随分食べられていますが、鷹さんはどうして同じ鳥の仲間を食べるのですか、鷹さんと私たちはみんな空を飛ぶ仲間じゃありませんか……これからは地面を走るふっくらした獲物を探して食べて下さいよ」と言いました。
 鷹もよくよく考えると道理なので「よし、分かった、わしはこれから、ふっくらした地面を走る奴を捕まえて食べよう」と言いました。これを聞いて鳩とカササギは喜んで帰りました。

 さて、この話はとても早く狼や虎、豹たちに伝わりました。虎や豹は強いので驚きませんでしたが、狼は“俺はあいつにはかなわない、ここはひとつ鷹に何か贈って、俺たち家族が食べられないように頼んでおくにこしたことはない”と考え、一塊りの豚の肉を鷹に持って行きました。鷹はそれを食べるととても美味しいので「お前さんはいい物をくれたから、狼たちは食べないよ」と言いました。
 狐も“何かやって頼んでおかなくちゃあ”と考え、太っためん鶏を捕まえて持って行きました。鷹はそれがとても美味しかったので狐も食べないことにしました。

 ある日、木の上にいた猿は兎に「兎さん、鷹に何か持って行ったかい、何もしないと鷹に食べられるよ」と教えました、すると兎は「鷹もたいしたものだな、俺は虎を騙して井戸の中へ落として、溺れさせたこともあるんだ、鷹なんぞ怖くない」と答えました。
 猿は「強がらない方がいいよ、虎は虎、鷹は鷹だよ、ずるい狼や狐は鷹に贈り物をしたよ、あんたもした方がいいよ」と言うと、兎は「さっき狼や狐に会ったが、あいつら何も言わなかったなあ」と言いました。すると猿は「それはそうさ、誰だって、贈り物を貰った、やったなんぞ言うものか、貰った方もやった方も分かっているのに黙っているんだ。兎さんも何か持って行かないと損するよ」と言いました。

 そこで兎は長い耳を振って「よし、俺も鷹に何かやろう」と言って、何とか一塊りの肉を算段して、南山の石の隙間に入れて置きました、そして飛んで来た鷹に「鷹さん、南山に肉を置いておきましたから食べて下さい」と言いました、鷹は「おおそうか、腹が減ったら取りに行くよ」と言いました。
 鷹はひと眠りしてから、あちこちをゆっくり飛び回り、お腹が空くと兎が置いたという肉を思い出して、南山に飛んで行ってみると、嘘ではなく、確かに石の隙間に肉がありました。

 鷹は食べたくなって、飛んで行って石の隙間の肉を強く啄みました、ところが石の隙間に嘴が入って抜けなくなってしまいました。
 鷹は痛いのを我慢して、ありったけの力を出して、やっと石の隙間から嘴を抜きましたが嘴は裂けて皮がはがれ、血が流れました、鷹は“フウフウ”言いながら「兎の奴め、わしをなめやがって、あいつを食ってやる」と怒りました。それから鷹は兎を見ると必ず襲いました。

 そして長い月日とともに鷹は兎を襲って食べる習性を身につけるようになったのです。だから鷹は今でも兎を見ればすぐ襲います。







これを読む限りでは分かりませんが、ウサギわざとそうしたんですかね。トラを井戸に落としたなんてエピソードもかいてありましたが。


と言うわけでものの始まり特集は終わります。特にまとめはありません。面白い話が多いので集めてみただけです。

今回調べていて中国のかなり詳しい昔話のサイトを見つけました。
よければ使ってくださいhttp://homepage1.nifty.com/kotobatokatachi/index.html


これからこのブログは、日記と研究倉庫と言う役割にしようと思います。

十二支

続きものの最後。前回のも見ていただけたらいいな。

今回は十二支について。

この十二支、漢字でかけないという人はいても知らない人はいないと思います。

子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥の順番のことです。

この十二支も私たちの身近に潜んでいます。

その話の前に十二支の由来といわれている昔話を紹介する。ちょっと手加えますけど

昔々、ずぅーっと昔のこと。
 ある年の暮れに動物の神様が、動物どもに「元旦に新年の挨拶ば来い。したらば、一等から十二等まで選んで、その一年の間動物のかしらにし、人間世界を一年ずつ守らせてやるど」と、いうお触れを出したそうな。
 それを聞いた山や森や野の動物ども、「よっしゃー、われこそ来年のかしらになってやるどぉ」と、元旦を今か今かと待っておった。ところが猫は、どうしたものだか、神様のところへ行く日をポイッと忘れてしもうた。で、仲のいいネズミのところへ聞きに行った。
「ねずみどん、ねずみどん、ちょっと尋ねるが、神様のところへ行く日はいつだったかな?教えてくれんか」
 ほしたらネズミ、ケロッとした顔で言ったそうな、「そりゃあ、二日の朝に決まっておるがな」「ほうか、ほうか、二日だな。すまん、すまん」猫は、うれしがって帰っていった。
 こうしているうちに、大晦日になった。牛は、すっかり薄暗いところでモソモソ、モソモソやっておった。「おら、人一倍のろまやで、今夜たつことにするべ」と、旅支度をはじめたそうな。それを屋根裏からのぞいていたネズミは、ぴょんと牛の背中に飛び乗った。そうとは知らん牛は、夜道を霜をふみふみ御殿へ向かっていったそうな。やがて御殿の門へついた。
<ほー、誰も来ておらん。今年のかしらは、このわしに決まったようなもんじゃわ。>
 と、つぶやき、よだれを垂らしながら開門を今や遅しと待っておった。やがて、東の空がポッと白むと、ケケロッケー、ケケロッケー、夜が明けたーと、里の方で一番どりが時を告げ、門はおもむろに開いたそうな。
 牛は、にんまり笑うて門をくぐろうとしたとき、背中にいたネズミがぴょんと降り、チョロチョロっと門の中に入り、「明けましておめでとうございます。ネズミが新年のご挨拶にあがりました!」と、一番乗りを名乗ったそうな。で、牛は二番になり鼻の穴をべろでなめておった。
 とらは、千里の道をヒューっと飛んできたが三番になった。続いてうさぎ、たつ、へび、うま、ひつじ、さる、とり、いぬ、いのししが入ってきたところで、門はガチャーンと閉められたそうな。これが、十二支のはじまりというわけだ。
 ねこは、二日の朝早く門をダンダンたたいたが、神様に、「誰だと思ったらねこでねえか。おめえさん日を間違えただな。もう十二番までのかしらはとうに決まってしもうた。寝ぼけていねえで、つらでも洗って出直して来なされ」と言われ、すごすごと帰って行ったそうな。
 それから、ねこは毎日顔を洗うようになったが、嘘をこいたネズミをいまもって、恨み、ネズミを見つけると捕まえるようになったんだとさ。
 


という話です。最後に書いてある通りこのことによって猫がねずみを追いかけるようになったり、

猫が顔を洗うようになったらしいです。

こういうモノの始まり系話はよくあります。というわけで次回のテーマはこれということで。

今、十二支の由来になった昔話をしたので次は十二支が由来になった昔話をします。

その話とは何かというと、あの有名な桃太郎です。

どこが関係するのかという話の前に桃太郎がどういう話だったか復習します。





むかーしむかーし、あるところに、おじいさんとおばあさんがすんでいました。

おじいさんは山に芝刈りに、おばあさんは川に洗濯に行っていました。

ある日のこと、おばあさんが川で選択をしていると

ドンブラコ、ドンブラコ

と大きな桃が流れてきました。

おばあさんは桃を拾い上げ家に持ち帰りました。

切ろうとすると中からかわいい男の子が飛び出してきました。

おじいさんとおばあさんは大喜びして桃太郎と名づけました。

桃太郎は優しくて力持ちの立派な若者になりました。

そんな桃太郎が人々を困らせる鬼が島の鬼たちを退治しに行くことになりました。

おばあさんの作ってくれた黍団子を入れた袋を腰につけさあ、出発。

行く道で桃太郎は犬、猿、雉をそれぞれ黍団子1個と引き換えに家来にしました。

そして、鬼が島に乗り込み鬼を退治し、たくさんの宝物を持ち帰りみんなで分けました。

めでたし、めでたし。




という話です。

さて、この話のどこに十二支が関係してくるのか書いていきましょう。


まず、勘のいい人ならもう気づかれたと思いますがこの話に出てきた動物を挙げてみると

犬、猿、雉   

十二支のどこかで見ましたね。そうです。申、酉、戌です。

これで終わりならたいした話ではありません。

犬、猿、雉、人間、まだ出てきていないのがいますね。

鬼です。

でも十二支には鬼なんていなかった。

では、みなさん鬼ってどんなイメージを持っていますか

おそらく、トラ柄のパンツに牛の角というイメージでしょう。

某教育テレビでも言ってますね。



フリーザ様ばいきんマンくんも言ってます。




というわけで出てきましたね、こんどは丑と寅です。

では、今出てきた丑、寅、戌、申、酉は十二支の表でどの辺りにいるのでしょう。
  
                           子

                                
                   亥                丑★

                                            


          戌★                               寅★

      

    酉★                                           卯



         申★                                辰





                未                  巳


                         午 
                                                           

                                             
 
ロークオリティーで申し訳ない。

でもこれで、正反対にいることは分かったでしょう。

でも、正反対にいるだけでは、ちょっとすごいだけです。ここからまだ少し展開します。

この十二支、方角に当てはめられることはご存知の方も多いだしょう。

24directions.png

鬼の十二支、丑、寅がどの方角にあたるのか見てましょう。

北東ですね。この方角何かといいますと鬼門の方角なんですね。

鬼門とは鬼が出入りするとされ嫌われる方角である。

陰陽的に言うと北東というのは、陰とされている北と、ようとされている東の中間地点なので

不安定になるから嫌われるらしいです。

ちなみに西は陰、南は陽とされてます。

この鬼門は身近とは言いがたいですが、京都だったと思いますが都を守るために

この鬼門の方角に寺を並べたりしています。

方角でも嫌われてますね。鬼も出てきましたし。

この丑、寅にはほとんどの人が知っていると思われるある考えに関係します

では、十二支は時間も指し示すんですがちょっと寅は無視して丑は何時か見てみます。

丑が1~3時なんです。

この時間帯なんと呼ばれているか…草木も眠る丑三つ時です。

こんな風に私たちの考えの中にも陰陽は紛れ込んでいます。

私たちに身近な話をもう一つあげます。

先ほどの鬼門の方角が嫌われている理由に陰と陽の境目だから不安定だと書きました。

ということは陰の真ん中、陽の真ん中は平和なはずです。

陰の真ん中は北西だから戌、亥の方角です。

陽の真ん中は南東だから辰、巳の方角です

お気づきになりましたか。いぬ、い と たつ、み です。

犬井さんや辰巳さんの名前はそういうところから来ています。

このように丑三つ時のような言葉や犬井さんのような名前、日本の昔話にまで陰陽の考え方は

入り込んでいます。

なぜこれほど身近にたくさん存在するのでしょうか…

それには、陰陽寮、陰陽師が関係してきます。

陰陽師の陰陽道とは中国から伝わった陰陽五行を日本独自に発展させたものです。

陰陽寮とは、その陰陽道を利用し天皇行の事を行う日取りなどを決めたりした機関です。

安倍晴明が有名ですね。

さくっといきます。この陰陽寮どの時代だったか京都から追い出されたんです。

一応陰陽寮自体は明治時代まであったらしいですが…

そのときに民間に陰陽師を名乗る人がいっぱい出てきたんです。

それで陰陽の考え方が普及したらしいです。

偽者もいっぱいいたらしいですが。

ちなみに、節分の豆まきなどは陰陽が由来だったはず。

というわけでわれわれの周りには陰陽の考え方が普及したらしい(どこかで聞いた)

というわけで陰陽の連載終わります。

何でこんな話になったんだっけ…



還暦について【前回の続き】

前回の続きです。

今日は、還暦について解説します。

還暦とは十二支と十干を組み合わせたもの(六十干支)が一周する年である。

このあたりは得意なので解説すると、六十干支というのは陰陽五行の考え方である。

まず干支という名前は、十二支だけではなく十干も組み合わせた六十干支のことである。

本当は、干支とは読まず「かんし」と読む。

「兄弟」と書いて「えと」と読むのが正しい。

「兄弟」というのは陰陽の考え方で兄を陽、弟を陰とする。

ここで先ほど出てきた十干がまたかかわってくる。

十干とは甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸のことを言う。

でここからもう一つ五行がかかわってくる。

五行というのは一番有名なのはおそらく五行相生で木・火・土・金・水の順である。

五行相生というのは前のものがあとのものを生む順で木が火を生み、火が土を生む。

他にも五行の順番はあるがここでは無視する。これから使うのはこの五行相生だ。

まず十二支を兄と弟、つまり陰と陽に分ける。

               兄(え)           弟(と)
              
               子              丑
               寅              卯
               辰              巳
               午              未
               申              酉
               戌              亥

次に十干を陰と陽、兄と弟に当てはめる

               兄(え)           弟(と)

               甲              乙
               丙              丁
               戊              己
               庚              辛
               壬              癸

この十干と十二支を組み合わせると60通りあるから60年で一周するというのはウソです。

二つを組み合わせると、120通りあります。ではなぜ60歳で還暦、本卦還りというのか…

それは、兄(え)のものは兄としか、弟(と)のものは弟としか組み合わさらないからだ。

これはなぜか…

知りません。調べてみるとそういう組み合わせしかありませんでした。

でも考えてみればそうです。

最近の六十干支を挙げてみると
2005年=乙酉(きのと とり)
2006年=丙戌(ひのえ いぬ)
2007年=丁亥(ひのと い)
2008年=戊子(つちのえ ね)
2009年=己丑(つちのと うし)

計算していただいたら分かるのですが一年に十干十二支どちらも日とつづつ進んでいけば

出会えない組み合わせが出て来るの話当然です。

十干と十二支の組み合わせをすべて書くと

甲子  乙丑  丙寅  丁卯  戊辰  己巳  庚午  辛未  壬申  癸酉  甲戌  乙亥

丙子  丁丑  戊寅  己卯  庚辰  辛巳  壬午  癸未  甲申  乙酉  丙戌  丁亥

戊子  己丑  庚寅  辛卯  壬辰  癸巳  甲午  乙未  丙申  丁酉  戊戌  巳亥

庚子  辛丑  壬寅  癸卯  甲辰  乙巳  丙午  丁未  戊申  己酉  庚戌  辛亥

壬子  癸丑  甲寅  乙卯  丙辰  丁巳  戊午  己未  庚申  辛酉  壬戌  癸亥

このとき上の60のパターンの読み方にはルールがある。

まず、さっきの十干を陰と陽、兄と弟に分けた表をもってくる。

               兄(え)           弟(と)

               甲              乙
               丙              丁
               戊              己
               庚              辛
               壬              癸

ここでさっきの五行、木・火・土・金・水が出てくる。

この表に五行を追加してみる。 

               兄(え)   五行     弟(と)        

               甲      木      乙
               丙      火      丁
               戊      土      己
               庚      金      辛
               壬      水      癸

これでさっきの「甲子」や「乙丑」などを読むことができる。            

キーは十干の部分、「甲子」ならば「甲」の部分の読み方である。

これはさっき作った十干を兄弟に分け五行を追加した表を使うと読める。

「甲」の読み方を例に説明する。

「甲」は表を見ると「木」の段にある。次に兄(え)弟(と)どちらにあるかを見る。

見ると兄(え)の側にある。

木(き)の段の兄(え)にあるので「甲」は「きのえ」と読む。

あとはそれに通常の十二支を追加するだけである。

「甲子」ならば甲(きのえ)に子(ね)を足して(きのえね)と読む。

同じようなルールで読んでいくと「乙丑」は(きのとうし)、「丙寅」は、(ひのえとら)と読める。

もう人通り読み方はあるのだが特にルールもないので今回は触れないでおく。

この六十干支、あんまりなじみがないかもしれないが、意外と近くで触れていたりする。

たとえば、戊辰戦争や甲子園球場などである。これらは六十干支に由来する。

戊辰戦争は戊辰の年1868年に起こったからで、

甲子園球場は、甲子の年1924年に開園したことが由来だ。






趣味をひたすら語りました。

このシリーズは次の十二支を最後に締めたいと思います。

今後もこの長さでやっていけるのかどうか…               
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